| ■ヤマセの襲来 | |
| ヤマセ※1とは、夏にオホーツク海、太平洋から吹き寄せる冷風で、東北地方にしばしば冷害をもたらす。 今年はこの影響で、7月中旬は低温障害のピークだった。 7月中旬は、お米にとってとても大切な時期。 この時期に寒いと、花粉が作れなくなり、 十分な受粉をしなくなってしまう。 こうなると、稲穂がついても籾(もみ)の中は稔らない 不稔(ふねん)※2の状態になってしまう。 また、生育も例年より1週間〜10日ほど、 遅れてしまった。 |
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| ■“平成の大凶作※3”を教訓に!! | |
| 今からさかのぼって10年前の平成5年にもこの「ヤマセ」の影響を受け、 稲穂がついても中身がない「不稔※2」が多くなり、大凶作となった。 今年はこの時の冷害を教訓に色々と対策をとった。 まず、第一に水の管理。 田んぼに水を15cm程度張って、稲が水に漬かった状態にしておく。 こうすることで、水の中で温度を保っておくことができ、稲を寒さから守った。 第二に、品種の変更。 10年前まで宮城では、「ササニシキ」が90%の割合を占めていたのだが、 「ササニシキ」は寒さに弱いという弱点があった。 そこで、「ひとめぼれ」という寒さに強い品種を約70%まで増やしていき、 今年の冷夏をなんとか乗り切った。 |
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| ■イモチ病の大発生・・・ | |
| ヤマセの影響以外にもイモチ病※5が大量発生した。 この間、イモチ病は、宮城県・福島県・岩手県・山形県で、 多く発生した。特に宮城県のイモチ病は生産者に甚大な 被害を及ぼした。 |
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| ■地震による災害 | |
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また宮城県では、2003年7月26日に震度6以上の地震が1日に3度も起こり、その後も余震が断続的に続いた。 幸いにも死亡者はでなかったものの、負傷者や、家屋全壊、半壊の大惨事となって、生産者は肩を落としていた。 この大惨事により、家の復旧に忙しく、水管理などの農作業に時間と労力を多くは割けなかった。 「しかし私達はこんなことに負けず、ひたすらにただ頑張るしかなかったです。」JAみどりの高嶋さんは言う。 |
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地震により、天井が落ちてしまった JAみどりの南郷支店2F |
JAみどりの 高嶋さん |
| ■苦境を超えて | |
| 全農宮城県本部は、「出荷する前にDNA鑑定が 必要な為、10月3回には間に合わない」と判断し、 10月4回の遅配として出荷することにはなったが、 「どんな苦境にも立ち向かっていくJAみどりのの力強さを これからも持ちつつ、おいしいお米作りと信頼を欠くことなく これからも取り組んで頑張っていきたいと思います。」 (高嶋さん) |
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| 交流のようす | |
| 用語説明 |
| ※1ヤマセ・・・梅雨時から8月中旬頃に、オホーツク海高気圧が強まり、東北地方の太平洋沿岸から陸地に向けて、 吹き込んでくる寒くて冷たい風と霧。冷夏で農作物の生育に悪い影響をあたえる。 |
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| ※2不稔・・・この場合は、7月中旬から8月中旬頃に低温にあうと、花粉が作れなかったり、 開花が出来ずに実が稔らない状態のこと。 立派に育ったかのように見える穂の中身は空っぽになっている という現象。 |
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| ※3大凶作・・・1993年の7月中旬から8月下旬まで、オホーツク高気圧の影響で、ヤマセが吹き荒れ、冷害となった。 この年の作況指数※3は全国平均で74と大凶作となった。 宮城県で38、岩手県33、北海道40と戦後最低の作況を記録した。 |
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| ※4作況指数・・・その年の予想収穫量を平年の収穫量で割った比率。15年産は、10月15日現在で90。 農林水産省が発表する。 |
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| ※5イモチ病・・・冷害や長雨などの異常気象年に平均気温が20〜25度を好み、 雨や霧などの水滴などで伝染する。 |
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